29:結局叶わなかった夢もあるしさ。外してた無駄な努力はやっぱり無駄だし。

ようつべに、最後の2丁目がいました。


【29:心斎橋筋2丁目劇場がだいすき】

【1000のだいすき】とは・・・「だいすきを綴っていく。だいすきを結っていく。」を基本コンセプトにし、だいすきなことや人、もの等を箇条書きで書いていく企画です。

http://405.ojaru.jp/1000/





懐かしい人がたくさんいた。みんなどうしてるんだろう。少しずつみんながいなくなっていって、2丁目もなくなった。2丁目がなくなって、更にみんないなくなった。2丁目がなくなる少し前にやった、たむけんのイベントを覚えてる。2丁目が好きだって、失いたくないって、みんなで泣いた。
振り返れば今はいいなぁと思う。劇場に足を運んで、売れない若手を応援するのは本当に辛い。解散の噂が途切れることはなかった。今は北海道に住んでる事もあって劇場には早々行かないし、若手にそこまで熱を上げることはないから。好きなのに置いて行かれるのは、辛いし悲しい。彼らにだって勿論事情はある。お笑いっていうのはきっとあたしたちが思っているよりも大変な職業だろうし、根性だけじゃどうにもなんないことも多いだろう。コンビなんて、お笑い界にしかないものだから、その関係性を上手にやれるかどうかってそういうのはなってみないと分かんないんだろう。辞めるわけでも嫌いになったわけでも、喧嘩したわけでもないのに解散することだってあるんだから、想像も出来ない。きっとしょうがない。



あたしはあそこが大好きだったけど、今を見るとやっぱり、なくなって良かったんだと思う。きっとまだ2丁目があったら、たむけんも陣内もフジワラもなだぎさんもコバ師匠もブラマヨも、みんなみんな、きっとまだ大阪にいたと思うから。2丁目がなくなった事と、2丁目とベースの色の違いが、ワチャチャ最後の世代に、焦りとあがく事を気付かせたんじゃないかと思うんです。あそこはぬるま湯だったから。